ブルーベリーシガレット

女子力は2次元ではなく3次元

時を止めてたことに気付いた

新幹線の通る駅とか、5分に1本来る電車とか、地下鉄とか、いつまでも明るい街とか、夜中断続的に聞こえるサイレンとか、すれ違う人の数とか、ひとつひとつ目に見える要素を、全部吸い込んで、自分のものにしてしまいたかった。

人生ではじめて好きになったジャニーズはSexyzoneだった。目映く輝く彼らを見てると自分なんか霞んでしまうけれど、そんなところが好きだった。"選ばれた彼ら"というものに、真っ白な夢を見ていた。一際、佐藤勝利さんが好きだった。経験値を積み上げることもままならないままに帝国劇場の0番に立つ彼の背負う運命と、その覚悟が見えたときは一生分の尊敬を持っていかれた。佐藤勝利さんのバックグラウンドに、物語に夢中だった。本当に、ずっと好きでいたいと思っていた。

もう過去の話で周知の事実だけれど、彼らは5人グループとしてデビューしながら、数年前まで、3人と2人に別れての活動を多くしていた時期があって、その頃の活動には色んな捉え方があるし悲観的な見方をすることが全てではないとは思っていたけれど、何を軸として彼らを応援すれば良いのか見失ってしまった。3人でテレビに出たりCDを出したりイベントをしたり、5人でテレビに出てもバックに付いたJr.よりも2人が映らなかったり衣装が全然違ったり、どことなく元気無さげな佐藤勝利さんを感じたりしていた。(わたしの主観も絶対あるけれど) もう付いていけないとか他のアイドルを好きになったとかじゃないけれど、真っ直ぐ見つめるにはものすごく根気が必要なように思えた。1回この好きの気持ちを置いておこうと思った。俗に言う『担降り』のようなことは全く考えていなかった。Sexyzoneを、佐藤勝利さんを、もっと好きでいたいと思っていた。

葛藤を続ける中でジャニーズWESTに出会ったら、あっという間に好きになってしまった。元気が出た。ジャニーズWESTのDVDを家にいる間ずっと流し続けていた。この頃自分の生活が、人生が、悲しいものに思えたとき、救ってくれたのは確実にジャニーズWESTだった。

それでもやっぱりわたしの中のSexyzoneと佐藤勝利さんを好きでいたい星人がそのプライドを捨てたくないと言い張るので、『絶対降りていない』と自分に言い聞かせていたし、これはただ自分の気持ちのバランスを取っているだけだと信じていた。が、とある有名なジャニヲタさんにaskで相談したら(友達がいなかった奴)「それは降りていると思います」との回答を頂いたので、そもそも降りるとか降りないとかの経験がそれまで無かったので分からなかったが、これがそれなのかなと思い始めた。そんなこんなで、自分の置かれた環境や状況の変化や特有のストレスなどもあって、ジャニーズWESTにしか意識が向かなくなった。興味の対象が徐々にシフトして行く自覚はあったけど、どちらのほうが好きということは明確にしたくなくて、というか、そんなこと明確にする必要もないと思った。これがジャニーズ文化に慣れて見つけた自分に合う距離の取り方なのかなと思っていた。花丸満点でジャニーズを楽しめていた。何の不満も無かった。何時しか気持ちの向かなくなったSexyzoneは、わたしの中で終わったんだと気持ちの整理がついた気がしていた。

2018年5月3日に横浜アリーナに行くことについて、はじめての会場とコンサートが楽しみという以外の気持ちはほとんどなかった。少しだけ、Sexyzoneを直視することへの不安があったけれど、平常心に近かった。本当に行けるかどうかは正直半信半疑だった。東京は遠い。行くのは横浜だけれど。交通費がどうこうというよりも(もちろんそれもあるけれど)仕事があるから日時や交通手段にも制約があるし、キャリーバッグいっぱいいっぱいに荷物を詰め込んでそれを知らない土地で人混みの中引きずっていると、遠くに来たんだなと思ってしまう。人事異動が見込まれていたので、コンサート申込時はゴールデンウィークに一体自分はどこにいるのか予想が付かなかったこともあるが、東京は遠いという無意識の不安を持ちながら、勢いで行くことを決めた。理由は、友達が行くと言っていたので、という単純なもので、Sexyzoneのコンサートに行くことよりも友達に会いに東京や横浜へ行ける喜びが圧倒的に勝っていた。

横浜アリーナには、はじめて入った。会場入口付近にモニュメントがあって、よくインターネットで見るやつだと感動した。

女の子がひしめき合う会場、照明が暗くなって、黄色い歓声が上がる。あの空間で唯一照らされた舞台上に5人のシルエットが見えた。歌い踊り出す彼らがスクリーンに映し出されたとき、佐藤勝利さんだ、と思った。胸が痛くて、苦しかった。わたしが大好きだった、尊敬して止まない、佐藤勝利さんだった。いつぶりかに見る本物の彼はそれでもやっぱり佐藤勝利さんだった。かっこよかった。その横顔が、アイドルであろうとする姿勢が、ギターを弾く手元が、ホルンを持ってポーズ決める姿が、時に年頃の男の子相応に笑うところが、可愛くて、かっこよかった。

5人同じような衣装を纏って女の子たちを魅了する姿を見て、もう前からそれが普通になったことは知ってはいたんだけれど、突き刺さってわたしに訴えかけてきた。あの頃の映像が頭の端で流れつつ目の前の光景を認識しようと努めたけれど混乱した。全く気付いていなかったけれど、わたしの中でSexyzoneの時が止まっていたようで、大きな時計がわたしの中でゆっくり動き始めるのを感じていた。

彼らに夢中だった頃録り貯めた番組を見返すと、やっぱり3人で出ているものばっかりで笑ってしまった。でも今は確かに5人で歌って踊っている、これが今なんだと思ったらわたしは随分昔で立ち止まっていたのだと、自分のあまりの鈍さに恥ずかしくなった。

3人と2人に分かれたような活動を終えて、5人に戻るような兆しが見えたとき、菊池風磨さんが「離れてしまった人もいるだろうけれど、戻ってきてほしい」と、何か忘れたけれどどこかで書いていて、もう戻れないなと勝手に申し訳なくなったことを思い出す。

 

田舎の家に帰る手段として、夜行バスを選んだ。

片側三車線、都会の高速道路を下る夜行バスの中で対向車線から上がってくる車の光を見ていた。最後に東京に来たのは2年前の冬だったことを思い出した。あの時夜駅の改札から見た有楽町の街の灯りを思い出すと今でも感傷的な気持ちになってしまう。

わたしにとって、"佐藤勝利"さんという概念と"東京"という概念はとても近いところにあって、それはつまり"憧れ"ってことなんだと思う。わたしには無いあまりにも美しい気高さに惹かれて、例えそれが幻想だとしても、見上げて求めずにはいられない。佐藤勝利さんを思い出すときは東京を思い出すときかも知れないと、ふと思った。

佐藤勝利さん、今日までアイドルでいてくれて、ジャニーズでいてくれて、Sexyzoneでいてくれて、本当にありがとうございます、と勝手にお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。

 

そんなわけで、私が私の中の佐藤勝利さんを愛する人格を取り戻してしまったこと、書き記しておきたいと思いエントリーとさせて頂きました。

悪友@東京を読んで

 

巷で話題の劇団雌猫さんによる「悪友 東京編」をこの度購入し数回読み、感想や感動や嫉妬や心苦しさを言葉にしておきたいと思い立った。

マーカー引いておきたいと思った痛烈に刺さった言葉を抜き出し、思ったことを述べて行くスタイルです。

 

○どんなに傷つき苦労することがあっても、何かを求め選ぶことのできる人間のほうに、わたしはなりたいのだと、東京にきて、はじめて知った。【/①これ以上青森では小説を書けなかった女】

人生の今後の選択をする場面で、田舎に暮らすことを前提に考えると選択肢は限られてくる。生まれてから何かを選びとってきた意識があんまりない。生まれ育った環境のせいにするのもあれだけど、わたし数ある選択肢の中から何かを自分の意思で選びとる力がめちゃくちゃ無い。だいたい小学校も中学校も校区内のところに通って、自分の偏差値と近いところの高校に入学するのがわたしの地元の学生のスタンダードコースだ。テストで何点取れたらあの高校、少し足りないからこの高校というような感じで学校の選択肢がそんなにない。私立の小学校中学校はひとつ、高校はふたつしかない。だから大学を決めるとき、よく分からなかった。行きたい学校?ないぞ、と思った。将来なりたい職業?よくわかんない、と思った。でも一応進学校を名乗る学校の空気から大学受験をして、なんとなくの方向性だけで進学してみた。具体的な将来の職業を見据えて志望校を決めた子を見ると羨ましかった。結構受験期最後のほうまで友達に「その学校にものすごく行きたい??」と聞いていた気がする。失礼だ。でも友達も「ものすごく行きたいっていうか…」みたいな返事だった。もうそれ以上は聞かなかった。だから、就職活動したときも何がしたいのか、何ならできるのか、全然わかなかった。就職活動は苦い思い出だ。もう誰か答えをくれ、って様々な場面で思ってしまうわたしになってしまった。

 

○私は東京に生まれ落ちたけれど、ある瞬間にこの手でこの場所を選んだのだ。無思考に留まっているわけじゃない。楽してない。惰性じゃない。その重さは、自分だけがわかっていればいいのです。【/⑤隅田川から逃げたかった女】

わたしは田舎生まれで東京に憧れる側の人間なので、もともと東京に住んでいる人の気持ちはたぶん一生分からない。正直東京に実家があるなんてどんな幸運な人生のはじまりなんだって羨望と嫉妬の眼差しを向けてしまうけれど、それでも東京に生まれた人も東京という場所への葛藤があるのだと知った。あと、東京にいようが地方にいようが、結局自分でその場所を選びとったという感覚が自分の人生への肯定感を高めるのだなと思った。

 

○東京の良いところは、誰も私に干渉してこないところだ。「いつ結婚するの?」「月収はいくらなの?」「女の子なのにそんなに働いて大丈夫?」と訊いてくる煩わしい親戚は、東京にはいない(田舎にはいるのだ、マジで。今時「女の子なのに」とか言ってくる人間が、たくさん)。【/⑪佐賀の星空を忘れた女】

確かに田舎にいるけど、東京にはいないの?!と思った。(いないの?) わたしは実家暮らし女で、父親は月収やボーナスの額を聞いてくるし、母親は「結婚するのにもお金かかるから貯金しておきなさい」と言ってくる。結婚するともしたいとも言ったことないのに。わたしの職場のだいたいの女性は20歳代で結婚して出産して産休育休入って復帰する。仕事は続けるけど昇進はしない道を自ら選んでいる印象。単純にそれは楽しいのだろうか?と思う。どんな自分を選ぶかはもちろん人によって全然違って、こういうふうにわたしもなるのかな、とは思うけど、こういうふうになりたいなとは正直思わない。

 

○19年間生きてきた佐賀の人たちから後ろ指を指されても、私は幼いころ夢見たあこがれの街で、テレビの中のような暮らしをするのだ。死ぬまで。(/⑪佐賀の星空を忘れた女)

この方の文章がちょっと良すぎるんですよね(誰) 結局東京に住むことを決意するわたしの足枷って地元に戻りたいときに戻れないかもしれないからで、地元が嫌いなわけではなくて、今は東京に住んでみたいって思ってるけど、もしやっぱり帰りたいと思ったときにそう簡単に就職難の田舎に戻れるかなんて分からなくて、それがすごく怖い。何かに挑戦する前から怖い怖い言ってるの本当にセンス無いと思うので、田舎に住むなら住む、東京に出るなら出るでどちらにせよ腹をくくりたい。でもこの方、東京で一人で生きているのが楽しくて仕方ないって仰ってて、葛藤があったかは存じ上げないですけど、東京での暮らしを決意して、どこか地元という田舎と決別したような潔さを感じて、ものすごくかっこいい。

 

○応援しているアイドルも、私が好きな東京の友達も、みんな、東京の明かりのひとつだ。東京で電気をつけて、東京の窓をひとつ光らせている。私もそうしたかった。(中略)でも今は、1人で東京へ飛び出して行けなかった自分を見つめていたい。ただただ見つめて、東京など関係ないと思えるまで、過去の自分を突っ切りたい(/⑭山陰の港町で光を探す女)

大変勝手ながら中略させて頂いてしまったんですけど、中略までの文章、言い得て妙というか(?)、わたしが思っているのはこういうことだったのか思った。わたしの大好きなジャニーズも東京にいる楽しいお友達も、田舎から東京を見たときにチカチカ見える光のひとつで、それぞれひとつひとつが東京に恋い焦がれる理由で、わたしもそれになることに痛いほど憧れてる。でもこの方は東京という場所と自分に向かい合って、もう関係ないと思えるまで突っ切りたいって仰ってる。なんか、言葉にするのも野暮でしょうか。もう素晴らしくて苦しい。あとこの方たぶん居住地そんなに遠くない(突然)

 

悪友はシリーズ通して愛読書だけど、今回に東京編が1番ぐさぐさと胸に刺さった。あと皆さん自分で東京と対峙していらっしゃって、自分のことをとても不甲斐なく思った。

 

わたしも東京で暮らしたい。今後心変わりしないかなんて誰にも分からないけど、少なくとも今は東京で暮らしたいと思っている。「そんな一過性の感情で人生変えていいのか」ってわたしの中の天使だか悪魔だかが言ってくるけど、何が一過性の感情で何が自分が生涯追い求めたいことか、なんてたぶん一生分かるようになんてならない。

 

 

小瀧望くんがかっこよかったって言いたい

自名義全滅に泣いた平成29年11月17日からチケットを探して、大変有り難いことにWESTival1/14昼公演に入らせて頂くことができました。本当にありがとうございました。

そこで最も強く脳裏に焼き付いたことは

小瀧望くんがはちゃめちゃにかっこいい!!!!!!!!!

ということ。もはや小瀧望くんがかっこいいなんて周知の事実なわけで今さら改めて記事にして申し述べなくても、小瀧望くんがどれほどかっこいいかなんて皆さんよくご存知だとは分かっていますが、それでもわたしは小瀧望くんがかっこいいと言いたい!

たぶん普通にネタバレっぽいことやわたしの思ったことやそのときの状況などそのまま書きますのでご注意ください。

小瀧望くんの新しいかっこよさを発見した話ではなく、小瀧望くんのかっこよさが改めてわたしのマインドに訴えかけてきたって言いたいだけです。

 

当日はとっても優しく素敵な方々と同行をさせて頂きました(この方々が素敵なお人柄だというテーマでブログな書けそうなほどには素敵な方々でした)。

詳述は避けますが席も割りと前目で、「近い!!!」と胸が高鳴りました。公演は滞りなく進み、めちゃめちゃ楽しくて、始まって20分くらい経ったころからこの時間がいつか終わったしまうことが悲しくて仕方がなかったです(通常)。

公演も後半に差し掛かった頃(だったと思う)、わたしたちのスタンド前に小瀧くんがいてくれまして、その日初めて近くで見続けることのできた小瀧くんだったので、特によそ見などすることもなく目の前にいる小瀧くんを注視していました。最初数秒間は小瀧くんがそこにいることへの喜びだったのですが、徐々に「……かっっっこいい………!!目の前にいる小瀧くんが!!!!かっこいいいいいい!!!!!」と当たり前のようなことしか考えられなくなりました。そこにいる小瀧くんはしばらくスタンドのヲタクたちをみていました、見ていました、めちゃくちゃ見ていました。誰かの団扇の要求に答えるとかそんなことではなく、ただヲタクを見ていて、「え?!!今目合った?!!!」「わたしのこと見てくれた?!!」って思おうと思えば思えるくらいにはヲタクというかスタンドを見ていたので、「え、、、ちょっと、、小瀧くん、、」と少し恥ずかしくなるという謎の感情と戦うなどしました。淳太くんがアカンLoveで「ボンボンキュボンボンキュボンボンキュボーンッ、ダイナマイッ!!」ってしていたんですけど、その時小瀧くんは自分でその振りをするんじゃなくて手で双眼鏡作りながら(伝われ)ボンボンキュってやってるスタンドのヲタク見て、その後サングラス外して口元拭うような仕草をしてくれました。かわいい姿をヲタクに見せてくれて、ヲタクのことを女の子として見てくれているような仕草をしてくれる小瀧くんを見て、小瀧くんは愛を向けられて人に認められて育ったのだなあと思いました。このタイミングで何故か小瀧くんは背が高くてものすごくスタイルがいいことに目が向き、もう1回めちゃくちゃかっこいいことが頭でぐるぐると回っていました。

このときの小瀧くんが頭の中から離れなくて、終演から数日「小瀧くんが…のんちゃんが…かっこいい…かっこいい…」と熱に浮かされたように思い浮かべていました。

わたしはジャニーズWESTが大好きなんですけれど特定の誰か一人を担当と表明してはいないです。好きになった最初の頃結構考えたんですけれどどうしても一人に決めることができず今日に至った状況です。あと個人的には担当は決めるというよりも感覚的に逃れられないくらいに落とされたいです。(誰も興味ない)  で、小瀧くんってわたしのアイドルの好みポイントから割りと外れたところにいて、かっこいいのはすごくよく分かるけど、これから誰かひとりに決まることがあってもそれは小瀧くんではないと思っていました。それは年下であることなど、本当に個人的な好みだけなんです、が、今回の小瀧くんを見続けた数分が、もう、めちゃめちゃにそのかっこよさを、わたしに訴えかけてきて、ちょっと!ちょっと待って!!整理するから!!!と混乱したまま日常に戻りました。

アイドル小瀧くんはとてつもなく美しくて、でもアイドルになる前に人間として生まれ落ちた小瀧くんもものすごく美しくて、小瀧くんは選ばれた人なんだと改めて認識しました。

 

何が言いたいかと言うとほんとに小瀧くんが光ってたって、それだけです。それ以上のことはないです、ありがとうございました。

 

 

 

開運したくて

 

2017年もそろそろ終わる。仕事してたらあっという間に年末になったという感じで、あまり実感もない。

2016年にファッション誌の占いコーナーや年末年始に出る占い本に、2017年のわたしの運勢ははちゃめちゃに良くて何やっても結果的に上手くいく、と書いてあり、とにかくどの占い見ても2017年とっても運勢が良かったようなのだが、全くその実感が無かった。例年と比較して特別落ち込んだり自分を不幸だと思うようなこともなかったが、そんなに運勢良かった?本当?という感じだった。

遡ること2017年11月17日、敬愛するジャニーズWESTさんのコンサートツアーWESTivalのチケット争奪戦に完敗したことを認知し、占いって当たらないんだと心の底から思った。普段占いをこまめにチェックしたり占いのアドバイスを参考にするなど全くしていないのにこんなときだけ「もう占いなんて信じない!」とか言うのは良くない。行きたいのにチケットが無いという事実が辛くて泣いた。しばらくコンサートの無かったジャニーズWESTさんがせっかくコンサートを発表してくれたのに、わたしにはチケットが無い。辛かった。わたしこんなに毎日仕事がんばってるのに!なんでだよ!という気持ちになった。

コンサートチケット当落から数日後、職場のとある共有スペースで風水の本を見つけた。発行から10年弱くらい経っているような古本だった。自称運がない女だったので、引き寄せられるように本を手に取って読んだ。簡単に言うと部屋を綺麗にしたり物の配置に気を付けて気の回りを良くしましょう、というようなことが書いてあり、まあ風水ってそういうものだと思うが、そこでわたしは気が付いた。そう言えばわたし部屋が汚い。部屋の片付けが幼い頃からとっっっっても苦手で親にも片付けが出来ないことを叱られながら育ち、片付けが出来ないことが改善することもなく大人になった。これだ…!人にあってわたしにないもの、人が出来てわたしに出来ないこと、そう片付け及び掃除だ。そうしてわたしは翌土日、部屋の掃除・片付けを開始した。わたしは地元就職実家暮らし女なので、正直自分が全く掃除をしなくても母親がリビング等の共有スペースを掃除してくれるので生活に全然支障が出ない。成人としては良くない。幼い頃から使っている三段ボックスの整理から始めた。いる、いらない、いる、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない。仕分けを終えたころに、わたしは長年三段ボックスに不要物ばかりしまいこんでいたことを知った。びっくりした。よく母親に「そこに入ってるもの全部要らないものでしょ?捨てたら?」と言われていてその度に「要る!」と答えていたが、全部とは言わないが6~7割くらい捨てた。びっくりした。そして自分の部屋の掃除・片付けも行った。要る要らない選別と整理整頓、掃除をしながら、使わないけど捨てられないと思っていたものをいっぱい溜めていたことを知った。全部捨てた。思い出の品と名付けて見るたびにもやもやした過去を思い出して自己否定的な感情になるようなものが多すぎたけど、全部捨てた。もやもやした過去も一緒に捨ててやれた気がする。部屋に残ったのは服と本とジャニーズグッズとその他日用品だった。唯一、今でも収納するか処分するか決めあぐねているものがあって、それは手紙なんだけど、最近もらった手紙とかでは無くて(それは大事にしまってある)小学生~中学生くらいの頃に友達同士でやりとりしていた手紙(手紙を交互に書いて教室で手渡すやつ)で、ひとつひとつが小さいながらそういう文化の中での友達との遊びだったので結構量がある。捨ててしまってもいいかな?とも思うけど、手紙を捨てるって罪悪感があって、どうしようかなあという感じ。少し置いておいて心が決まったら捨てよう。

部屋が片付いてややすっきりした気持ちになった。

そしてその次に運が自分に向くためにできること…そうだ、髪を切ろうと思った。わたしの髪の長さは鎖骨まで程度で、ばっさり切るような気持ちは無かったが、髪の毛を長期間切っていないと毛先の方に古い悪い気が溜まると聞いたことがあり、とりあえず髪でも切っとこうと思って若干切った。その前に髪を切ったのは2ヶ月くらい前だったので、そんなに長期間切っていないわけではないけどなというのが個人的な感覚だった。気分爽快!みたいなことでは無かったが、なんとなくすっきりした気持ちになった。

 髪を切ったあたりで、だいたい自分にできることはこれくらいかなと思い、流れに身を任せることとした。

 部屋の掃除などしながら思ったけれど、普段仕事を一生懸命していることやいろんなことに耐えていることはチケット当落には何も関係がないということを、当たり前なんだけれど、なんだか改めて思い知った。仕事を頑張っていることとヲタク的運勢をどこかで結びつけていた自分と、それに反する事実に新鮮に驚いている自分に気が付いた。しかしTwitterで有名なジャニヲタさんが、「ヲタクとしての善良な行いは必ずヲタクで報われると思っている」と言っていらっしゃって、その言葉は深く心に刻んでいる。善良なヲタクでありたいと思う。

 

以上チケット落選に落ち込んだわたしの起こした開運運動でした。お断りしておきたいのは、わたしは占い信者ではなく、都合のいいときだけ占いを気にするタイプの消費者なので、開運運動としての信憑性がないのはさることながら、ただ自分の頭をすっきりさせて気持ちをごまかすためだけにした行動だったと言えるので、ご承知おき頂けたらと思います。占いのこと全然分からない。別に大晦日に更新するようなものでもないけど、今年中に出しておきたくて出しました。1年間ありがとうございました。

ジャニヲタになってよかったこと

 

今年の8月3連休はジャニヲタになって良かったと、唐突なようでどこかしみじみと感じ入っていた。

この3連休にはジャニーズWESTを好きになってから始めたTwitterでお友達になった方々と関西で遊んでもらった。計画を立て始めた頃からこの日があることを心の励みに粛々と毎日を送ってきた。地元の友達の集まりとか大学生時代の後輩が声をかけてくれたりとか、夏休み時期の3連休なので他にも行きたいところはあったのだけれど、1番はじめに決まっていた予定だったし、何より自分が遊んでもらいたかったので、迷わず優先した。

地元に帰るバスに乗って「あ~~ジャニヲタで良かった~~~」と思った。

わたしは根っからのジャニヲタではなく、20歳を超えてからジャニーズという世界に身を染めた者なので、自分がジャニヲタになって良かったと思う点を書き出してみたいと思います。

 

①感情を解放する

ジャニーズを好きになりたての頃に思った、あ、わたし身近な男の子を「かっこいい」って人に言うの苦手だったんだな、と。今考えると幼なじみの影響かなと思ったりするけど、初めアイドルを「かっこいい!かわいい!!」と自分の口から表現することに謎の気恥ずかしさと新鮮味を感じた。しかし「かっこいい」「好き」と口に出すのはこんなに気持ちいいのか!と思った。普段仕事をしていたら感情出す場面なんてそうそうないじゃないですか。かっこいい!かわいい!!だいすき~~!!!って言ってもいいんだと思ったらもうそれだけで目に見える世界の着色具合が変わった。

 

②能動的に行動することを知った

田舎でぼんやり育ったわたしには行動力とか主体性みたいなものが欠けている気がしていたが、ジャニヲタになってからひとりで行動できる範囲がかなり広がった。適宜優先順位を決めつつ動いて出来るだけ時間に余裕を持って予定を組めばひとりでも怖いことはそんなにないと感じた。地元の電車は1時間に1本来るくらいで車移動がメインなので、恥ずかしながら大学生になるまでひとりで切符が買えるか怪しかったが、クリア出来るようになった。現場に行きたい→計画を立てる→行く→帰る まで出来るようになれた自分は結構進歩した気がする。レベルが低いと思ってもそっとしておいて頂きたい。

(余談ですが、とにかく日常生活で電車に乗らないので現場で都会に行ったときもいちいち"切符"を買っているのをそろそろ止めて、電子マネーを買いたいなあと思っています(買え))

 

③趣味ができた

今まで趣味を聞かれても「趣味…?本を読むのは好きですけど…」くらいなことしか無かったけれどジャニヲタという趣味ができてとても楽しい。公表はしてないけど。最近都会に行ったので余計にかもしれないが、地元に遊ぶ場所がないことがつまらなくて、ヲタクじゃない人って何に時間を使ってるんだろう?という疑問を持ち始めた。いやもちろん田舎は田舎なりに遊び方があるのはジャニヲタじゃない頃から地元にいるので知ってはいるが。現場までの道のりは長いが、田舎でもヲタクが出来る点ジャニーズ事務所に感謝したい。

 

④ジャニヲタの人って面白い

すごく面白い。才能のある方が居すぎだしその方々の文章とか絵とか見れるのお得すぎる。好きな分野に己の才能を発揮しているヲタクの方々には本当に尊敬と憧れしかない。地元に戻ったわたしにとって、幼なじみと高校時代の友達と家族くらいがプライベートの人間関係で、背の低い建物の並びとか1面に広がる畑とか一家に4.5台ある車とか、本当に退屈で仕方ないけど、毎日何から刺激を受けるかって本当にジャニーズとジャニヲタだと思っている。

 

⑤金を使える

決して多額の富を持つような富豪では全くないが、日々一生懸命働いてたらお金使うことがストレス発散になるようなところがあると思う。おそらくジャニヲタじゃなかったらお金使うところがない。ないわけじゃないけど、少ない。田舎実家暮らしは本当にお金を使わずに生きていける。その結果欲しくないもの買ったりどうでもいいことにお金をかけるよりは明確に欲しいものにお金をかけているほうが良いお金の使い方な気がする。し、それに満足している。わたしはジャニーズのCDやDVD/BDを買うときやチケットを申し込むとき、好きだから買う欲しいから買うはもちろんあるが、どこかにお金使うのが気持ちいいところがある。大学生の頃はお金がなくて買えなかったものも今なら買えるし買わせてほしいお金を払って。お金を使わせてくれてありがとうと思う。ありがとう。振り込む準備はできています。

 

 

ひとつひとつの満足度が高いので、本当にヲタクは楽しい。楽しい。色々な考え方の人がいて相容れない部分があることも流せるようになったし見たいものだけ見てヲタクをしたい。比較的新米のジャニヲタなので、日々ヲタクしてるだけで十分だしジャニーズWESTさんに対してはこのまま着いていきますという感じなので穏やかでハッピーなヲタクライフを送っている。あと別に地元が嫌いなわけではなく好き。ただ退屈。

 

ジャニーズWESTさんへの要望としては、早くコンサートを発表してほしいです。以上。

 

 

3周年によせて

 

ジャニーズWESTさん、結成3周年おめでとうございます!

よく「わたしジャニーズWEST好きになってどのくらい経つんだろう…」と思うのですが、はてなブログの下書きを見たら丁度1年前に「2周年によせて」っていうタイトルのものがあったのでとりあえず1年前はファンだったみたいです。記憶が曖昧。いやでも2年前はファンだったか微妙?(どうでもいい)

 

ジャニーズWESTさんが3周年を迎えられるにあたって、わたしがジャニーズWESTさんを好きになったときのことを振り返って思い出に浸ることを目的とした自己満足ブログを本日も書き進めたい所存です!

 

(WESTを好きになるにあたって考えていたマイナスな感情も書いたのでもし不愉快に感じられる可能性のある方がいらっしゃったらお戻りください…)

 

ジャニーズWESTさんを最初見たときまるで興味が無かった。本当に。全然無かった。興味が。なかった。ジャニーズWESTを認識したときはすでにデビューしていて、そのときわたしは違う若手グループが好きで応援していた。そのグループがはじめて好きになったジャニーズグループで、ジャニーズが好きというよりかはそのグループが好きで、そのグループを好きじゃなくなったらジャニーズ好きでいることもないんだろうなと真剣に考えていた。ただその頃そのグループの行く先というか方向性というか、雲行きが怪しくなってきて、個人的な人生の山場とも重なって「何があっても応援してる!」というようなテンションでいれなくなった。本当にすごく勝手ないちファン心理だけれど、『今わたしの(ような人の)ことを応援してくれると読み取れる言葉や元気付けられるエネルギーがほしい』と思ったときになかなかそのグループがそういう状況ではなくて、何も楽しくなくなった。好きでいることを辞めたくないと思ったけど、好きでいること、応援し続ける姿勢でいることを辛く感じてしまった。

そうそんなときに目に入ったのがジャニーズWESTさんだったっていうそれだけの話で、とある有名ジャニヲタブロガーさんがブログでジャニーズWESTのライブを絶賛していて、某有名動画サイトでジャニーズWESTの動画を漁りまくっていたらあっっっっっ!という間に好きになった。与えられるエネルギーの大きさには恐れ戦くしかなかった。ひとまず当時最新だったコンサートDVDをAmazonでぽちっとして、個人的人生の山場期で心がささくれていたときはとりあえず家で永遠にそのDVDを流し続けた。ディスクはデッキに入れっぱなしで朝起きて再生ボタン押して夜寝る前になったら消した。救われた気もしたし忘れさせてくれる気もした。なんとか心を保ってる時期に好きになった。ほんとに有りがたかった。

でもしかし、この時点では基本的には浮気だったというか、わたしの本拠地はもともと好きだったグループから変わってないぞっていう変な意地を持っていた。そのグループを好きだった数年で築いた自分の世界もあったし、降り積もって固めた気持ちも確かにあったし単純にまだ好きだった。あとジャニーズWESTさんにはわたしがその当時考えていた「わたしがアイドルに求めていないこと」リストに割りとチェックが入ったので(笑)、ちょっと本格的に好きになるのはな~~と思っていた。わたし面白い人がだいっすきなのですが、こってこての関西ノリでコントとかするところがどうもわたしのアイドル観と当時馴染まなくて「アイドルが新喜劇ってどういうこと…??」とかなり戸惑った。あと、最大に考えさせられたのは彼らのデビューまでの紆余曲折で、彼らを知るようになったら彼らのデビューの経緯もごく自然に分かるようになった。わたしはそれまでアイドルには「現実を忘れさせてくれる存在であること」を求めてきた。どんなに自分の生活で上手くいかないことがあって理想とは程遠い今だったとしても、この世の中にはわたしが憧れるただキラキラした世界が存在するような気にさせてくれる、この景色のバックグラウンドだけは最高で完璧で綻びなんてないって思わせてくれて、その世界を見せてほしいと思っていた。もちろんその景色の裏には色々な苦労があるのだろうしそれはわたしの素人考えでは想像をいくら及ばせても足りないくらいだっていうことは分かっているけれど、その苦労だって選ばれた人にしかできない、そう思ったらそこにある選ばれた人間の苦労も含めて美しいと思わせてほしかった。けれどジャニーズWESTのデビューはちょっと悲しいくらい現実を見なければいけない気がして、求めていることとのギャップで拒否反応を示してしまった。選ばれる姿は見たいけど選ばれない姿を直視しなければならないのは嫌だった。このグループを主眼に置くことはできないと思った。

ところがどっこいお笑い要素多目なところは徐々に慣れ親しみそんなもんかなと思えるようになったし、その他のことについては特にこれといってわたしの中で解決しないままに自然消滅した。いつの間にか消えていなくなった。つまり考えすぎだった。そしてここぞと決意するでもなんでもなく気がつけばジャニーズWESTがいちばんになった。もう不可抗力だった。面白いところもかっこいいところもかわいいところも関西弁喋るところも全部好きだけれど、何も差し引いても彼らが持っているプラスのエネルギーや光には着いていってほんの少しでも側にいさせてほしいと思わざるを得ない。今でもアイドルには夢を見させてほしいスタンスは変わっていないけれど、グループによってその夢の見せ方や夢の種類が違うだけで、わたしはジャニーズWESTで十二分に夢を見ている。わたしがもともと好きだったグループで見ていた夢は寝ているときに見るあの「夢」に近いけれど、ジャニーズWESTで見ている夢は『I have a dream.』(/キング牧師)のほうの夢(?)。

 

そして皆々様のおかげで驚くほど楽しくヲタクをしている現在にたどり着く。

まだ23年しか生きてないけれど、23年間楽しいことしか無かったらジャニーズWEST好きになってないだろうなあと思う。20歳過ぎてからジャニーズを好きになったのはそういうことかなとお風呂に入りながら考えた昨日夜でした。(重)

 

別に3週年によせてする話でもなんでもないですが、一度自分で整理しておきたくて書いてしまいました。

 

ほんとにいつもありがとうございますすぎます!!今のところだいすきなのでその先のことを考えるつもりはこれっぽっちもないです!!

 

 

新鮮な体験をした2015年夏

ブログに書きたいなあっていうことを考えては書いて溜めて書いて溜めてって繰り返していたら下書きの数ばかりが更新されていくので、何かすぱっと公開できるネタを探していた。あった。そんなわけで今回は私が無名アイドル(おそらくこのあたりで活動している)と遭遇したときの話をしようと思う。
ジャニーズ全然出てこないです。


時は2015年夏。わたしは地元のTSUTAYAに併設されているカフェで本を持ち込みチョコレートなんとかを飲んでいた。レジに近い席で、目線を少し上げればお客さんの出入りが確認出来た。本を読みつつ視界の端に人の動きを感じていた。

この言い方もおかしいとは思うが、途中まで普通のお客さんがレジに並んでいたのだが、途中から様子が“普通”では無くなった。

若い女の子、しかもちょっとそういう服でこのへん歩いてる人見たことないよっていうような、テイストがわたしの言葉では言い表せられない、ミニスカートでピンクでギャルではないけどふわふわでもなくどこかコスチュームっぽい、そういう服を着た女の子たちが何人かいて、ひとりひとり男の人(だいたい40代以降)と二人一組で並んでいるところが見えて、え?え?え?となった。
ニコニコしながら話す女の子と男性のレジ列…どうした?何があった?何が始まる?とかなり戸惑い、彼らを凝視していた。一生懸命高いテンションで話しかける女の子と目尻の下がった笑顔で答える男性…しかもかなり長い列…これはたまたまこういう人たちが集まったのではなくTSUTAYA自体で何かが行われていると予測し、そそくさとスマホで検索。ヒット!どうやらCDコーナーでこのあたりで活動する無名アイドルのイベントがあったらしい。道理でなんだか2階がザワザワしていたわけか。CDを買うとそれにそのアイドルと3分間併設カフェでお茶できる券が付いてくるということで、なるほどあの人たちはアイドルとファンということか~!納得納得。

それにしても好きなアイドルと3分間お茶出来るなんて羨ましい話だぜって思ってまた本を読み始めた。いやほとんど本は読めていなかったかもしれない。

わたしもジャニーズWESTとお茶したいと思いながら本の活字を目で追う振りして妄想していた気がする。

「3分間短い~」というようなアイドルの声が聞こえたりして、嘘でもいいからそうやって“楽しい時間は早く過ぎる”って思ってて、つまり貴方とのお茶は楽しかったって思ってるって思わせて欲しいなと思った。正しくアイドルだなあと思った。

それからほどなくして隣のテーブルに人が座った。ぼやけた視界の端に確認。ふと目線を向けるとアイドル1人だった。そのアイドルはお客さんとお茶はせず(それまでにしていたのかも知れないけど)、必要な事務仕事らしきことをしていた。もちろんほとんど何やってるか分からなかったけど、お客さんと撮ったチェキにメッセージを書いているらしきところを見た。真剣に書き込む姿を謎に応援したくなった。
そのアイドルが姿勢を正してただ座っている時間が割りとあったのだが、ほとんど前を向いているので隣のテーブル(二人席のテーブル挟んで向かい合う席の向かい側)に座っている私とたまにチラチラと目が合う(つまり結構わたしは興味津々にアイドルを見ていた)ので、微笑んだり微笑み返したりしてくれた。たぶん3回目くらいに目があった時に興味本意で「今日何かあったんですか?」と話しかけてみた(何があったかなんてネットで調べているというのに)。「あ、今日イベントがあって~」とにこやかに返してくれた。「あ~そうなんですね~」と返して以上でアイドルとの会話は終わった。会話を続けてみたいミーハー精神もあったがアイドルだしお仕事中だったのであまり話かけては迷惑かと思って止めておいた。

アイドルと3分間のお茶をし終えた男性はとても嬉しそうだったしにこやかだったので、やっぱりアイドル凄いなって思った。

だいたいのアイドルの併設カフェでの動きを確認し終えて何かに満足したわたしはTSUTAYAをあとにした。


この話を友人にするとだいたい「アイドル可愛かった?」と聞かれるけど、可愛かった!肌白くて細くて顔が整ってて一生懸命な感じが可愛かった。
笑顔で可愛くにこやかで、ファンの人と誠実に交流する姿は、ご当地でも無名でもアイドルはアイドルなんだなと、アイドル初心者のわたしに教えてくれた気がする。


地方に住むわたしには新鮮な体験だった。
彼女たちのことを全然知らなかったのでちょっと珍しいこともあるもんだなあ、くらいの感想しか持てないけど、アイドルがんばれ~とアイドルというだけでなんだか応援したくなった。

こんなふうにジャニーズWESTと遭遇したら、と考えてみたりもしたが、そもそも今回の彼女たちはお仕事中だったわけで、ジャニヲタで言うところの現場なわけだから、ジャニーズWESTだったら偶然ではなくわたしはこのイベントに参加してるだろうから遭遇は出来ないという結論に至った。


以上なんとかブログを更新したいわたしによる思い出記録でした。