ブルーベリーシガレット

女子力は2次元ではなく3次元

時を止めてたことに気付いた

新幹線の通る駅とか、5分に1本来る電車とか、地下鉄とか、いつまでも明るい街とか、夜中断続的に聞こえるサイレンとか、すれ違う人の数とか、ひとつひとつ目に見える要素を、全部吸い込んで、自分のものにしてしまいたかった。

人生ではじめて好きになったジャニーズはSexyzoneだった。目映く輝く彼らを見てると自分なんか霞んでしまうけれど、そんなところが好きだった。"選ばれた彼ら"というものに、真っ白な夢を見ていた。一際、佐藤勝利さんが好きだった。経験値を積み上げることもままならないままに帝国劇場の0番に立つ彼の背負う運命と、その覚悟が見えたときは一生分の尊敬を持っていかれた。佐藤勝利さんのバックグラウンドに、物語に夢中だった。本当に、ずっと好きでいたいと思っていた。

もう過去の話で周知の事実だけれど、彼らは5人グループとしてデビューしながら、数年前まで、3人と2人に別れての活動を多くしていた時期があって、その頃の活動には色んな捉え方があるし悲観的な見方をすることが全てではないとは思っていたけれど、何を軸として彼らを応援すれば良いのか見失ってしまった。3人でテレビに出たりCDを出したりイベントをしたり、5人でテレビに出てもバックに付いたJr.よりも2人が映らなかったり衣装が全然違ったり、どことなく元気無さげな佐藤勝利さんを感じたりしていた。(わたしの主観も絶対あるけれど) もう付いていけないとか他のアイドルを好きになったとかじゃないけれど、真っ直ぐ見つめるにはものすごく根気が必要なように思えた。1回この好きの気持ちを置いておこうと思った。俗に言う『担降り』のようなことは全く考えていなかった。Sexyzoneを、佐藤勝利さんを、もっと好きでいたいと思っていた。

葛藤を続ける中でジャニーズWESTに出会ったら、あっという間に好きになってしまった。元気が出た。ジャニーズWESTのDVDを家にいる間ずっと流し続けていた。この頃自分の生活が、人生が、悲しいものに思えたとき、救ってくれたのは確実にジャニーズWESTだった。

それでもやっぱりわたしの中のSexyzoneと佐藤勝利さんを好きでいたい星人がそのプライドを捨てたくないと言い張るので、『絶対降りていない』と自分に言い聞かせていたし、これはただ自分の気持ちのバランスを取っているだけだと信じていた。が、とある有名なジャニヲタさんにaskで相談したら(友達がいなかった奴)「それは降りていると思います」との回答を頂いたので、そもそも降りるとか降りないとかの経験がそれまで無かったので分からなかったが、これがそれなのかなと思い始めた。そんなこんなで、自分の置かれた環境や状況の変化や特有のストレスなどもあって、ジャニーズWESTにしか意識が向かなくなった。興味の対象が徐々にシフトして行く自覚はあったけど、どちらのほうが好きということは明確にしたくなくて、というか、そんなこと明確にする必要もないと思った。これがジャニーズ文化に慣れて見つけた自分に合う距離の取り方なのかなと思っていた。花丸満点でジャニーズを楽しめていた。何の不満も無かった。何時しか気持ちの向かなくなったSexyzoneは、わたしの中で終わったんだと気持ちの整理がついた気がしていた。

2018年5月3日に横浜アリーナに行くことについて、はじめての会場とコンサートが楽しみという以外の気持ちはほとんどなかった。少しだけ、Sexyzoneを直視することへの不安があったけれど、平常心に近かった。本当に行けるかどうかは正直半信半疑だった。東京は遠い。行くのは横浜だけれど。交通費がどうこうというよりも(もちろんそれもあるけれど)仕事があるから日時や交通手段にも制約があるし、キャリーバッグいっぱいいっぱいに荷物を詰め込んでそれを知らない土地で人混みの中引きずっていると、遠くに来たんだなと思ってしまう。人事異動が見込まれていたので、コンサート申込時はゴールデンウィークに一体自分はどこにいるのか予想が付かなかったこともあるが、東京は遠いという無意識の不安を持ちながら、勢いで行くことを決めた。理由は、友達が行くと言っていたので、という単純なもので、Sexyzoneのコンサートに行くことよりも友達に会いに東京や横浜へ行ける喜びが圧倒的に勝っていた。

横浜アリーナには、はじめて入った。会場入口付近にモニュメントがあって、よくインターネットで見るやつだと感動した。

女の子がひしめき合う会場、照明が暗くなって、黄色い歓声が上がる。あの空間で唯一照らされた舞台上に5人のシルエットが見えた。歌い踊り出す彼らがスクリーンに映し出されたとき、佐藤勝利さんだ、と思った。胸が痛くて、苦しかった。わたしが大好きだった、尊敬して止まない、佐藤勝利さんだった。いつぶりかに見る本物の彼はそれでもやっぱり佐藤勝利さんだった。かっこよかった。その横顔が、アイドルであろうとする姿勢が、ギターを弾く手元が、ホルンを持ってポーズ決める姿が、時に年頃の男の子相応に笑うところが、可愛くて、かっこよかった。

5人同じような衣装を纏って女の子たちを魅了する姿を見て、もう前からそれが普通になったことは知ってはいたんだけれど、突き刺さってわたしに訴えかけてきた。あの頃の映像が頭の端で流れつつ目の前の光景を認識しようと努めたけれど混乱した。全く気付いていなかったけれど、わたしの中でSexyzoneの時が止まっていたようで、大きな時計がわたしの中でゆっくり動き始めるのを感じていた。

彼らに夢中だった頃録り貯めた番組を見返すと、やっぱり3人で出ているものばっかりで笑ってしまった。でも今は確かに5人で歌って踊っている、これが今なんだと思ったらわたしは随分昔で立ち止まっていたのだと、自分のあまりの鈍さに恥ずかしくなった。

3人と2人に分かれたような活動を終えて、5人に戻るような兆しが見えたとき、菊池風磨さんが「離れてしまった人もいるだろうけれど、戻ってきてほしい」と、何か忘れたけれどどこかで書いていて、もう戻れないなと勝手に申し訳なくなったことを思い出す。

 

田舎の家に帰る手段として、夜行バスを選んだ。

片側三車線、都会の高速道路を下る夜行バスの中で対向車線から上がってくる車の光を見ていた。最後に東京に来たのは2年前の冬だったことを思い出した。あの時夜駅の改札から見た有楽町の街の灯りを思い出すと今でも感傷的な気持ちになってしまう。

わたしにとって、"佐藤勝利"さんという概念と"東京"という概念はとても近いところにあって、それはつまり"憧れ"ってことなんだと思う。わたしには無いあまりにも美しい気高さに惹かれて、例えそれが幻想だとしても、見上げて求めずにはいられない。佐藤勝利さんを思い出すときは東京を思い出すときかも知れないと、ふと思った。

佐藤勝利さん、今日までアイドルでいてくれて、ジャニーズでいてくれて、Sexyzoneでいてくれて、本当にありがとうございます、と勝手にお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。

 

そんなわけで、私が私の中の佐藤勝利さんを愛する人格を取り戻してしまったこと、書き記しておきたいと思いエントリーとさせて頂きました。